三遊亭円楽と桂歌丸が仲良しの理由は?エピソード4選!

人物

三遊亭円楽さんと桂歌丸師匠の掛け合いは、笑点の名物と言われていました。

三遊亭円楽さんが桂歌丸師匠にあれだけ毒を吐きながらも、桂歌丸師匠が余裕綽々で返していたのは2人の絆が深かったからだと思われます。

今回は「三遊亭円楽と桂歌丸が仲良しの理由は?エピソード4選!」と題して以下についてまとめています。

・三遊亭円楽と桂歌丸が仲良しの理由は?
・三遊亭円楽と桂歌丸が仲良しエピソード4選!

三遊亭円楽と桂歌丸が仲良しの理由は?

三遊亭円楽さんは、笑点の駆け出しの頃にネタに悩んでいたところ、

桂歌丸師匠が「自分のことを使ってくれていい」と言ったことで、三遊亭円楽さんのディスり芸が生まれました。

そうして笑点で三遊亭円楽さんと桂歌丸師匠の掛け合いがされていく中で、絆が深まっていったのだと考えられます。

 

2018年7月8日の笑点にて行われた歌丸師匠追悼大喜利では、

「歌丸師匠。一緒に回答者だった頃、そして、司会になられても私の悪口を優しく受け止めてくれて、罵詈雑言にも耐えて頂いてありがとうございました。」

「最後に一言言わせて下さい!ジジィ!早すぎるんだよ!!」

弔辞を送り、涙を浮かべながら歌丸師匠に別れを告げていました。

三遊亭円楽と桂歌丸の仲良しエピソード4選!

真っ先にお見舞いへ

桂歌丸師匠は頻繁に入退院を繰り返していたそうですね。

ですが三遊亭円楽さんは桂歌丸師匠が入院するたびに、真っ先にお見舞いに行ってると発言されています。

「何度も何度も入院しているけど、1番最初に行っているね、お見舞いに」

番組「あのニュースで得する人損する人」で共演した桂歌丸師匠に向けては、

「要は死ななきゃいい。死ぬっていうのは一番の迷惑だもん」

と愛のこもった悪口をぶつけていましたね。

三遊亭円楽と桂歌丸の2人会

三遊亭円楽さんと桂歌丸師匠は、「2人会」と呼ばれる全国公演を行うほど仲が良かったのだそうです。

その仲の良さは「2人会」などにとどまらず、メキシコでは一緒に海外公演もされています。

笑点を離れても三遊亭円楽さんは桂歌丸師匠に稽古をつけてもらったり、2人会を開催し、国内外でともに公演をされていたことからも仲の良さが伺えますね。

桂歌丸は父親の1人

三遊亭円楽さんは、6代目円楽襲名の際に、

「自分には3人の父親がおり、1人目は実父、2人目は5代目圓楽、3人目に桂歌丸」

と発言しており、深い信頼と尊敬の念を持っていたことが伺えます。

 

2018年7月に桂歌丸師匠が逝去した際、三遊亭円楽さんは仕事で地方にいたため、桂歌丸師匠の側にいることは叶いませんでした。

訃報に際して発した

「…本当の父親、育ての親の先代。守ってくれた最後の父親との別れです。楽さんと呼んで側に置いて下さってありがとうございました。頼る人が居なくなりました… 合掌」

という言葉から当時の心境が伺えます。

6代目三遊亭円楽襲名パーティー開催へ働きかけ

当時三遊亭楽太郎で落語家をされていましたが、5代目三遊亭円楽が逝去したため、跡を継ぐ形で6代目三遊亭円楽を襲名しました。

襲名披露パーティーが開催された当時、桂歌丸師匠は入院中でしたが外出許可を取って駆け付けたのだそうですね。

引用:スポニチ

また三遊亭円楽さんが所属していた円楽一門会は、大師匠に当たる6代目三遊亭圓生が起こした落語協会分裂騒動以降、定席での行事が出来ない状況だったそうです。

その中で定席行事を実現できたのは、後見人も務めた桂歌丸師匠の働きかけによるものと言われています。

三遊亭楽太郎さんの6代目三遊亭円楽襲名パーティーは、32年ぶりの定席行事だったそうです。

ネットの反応

まとめ

今回は「三遊亭円楽と桂歌丸が仲良しの理由は?エピソード4選!」と題してまとめましたがいかがでしたでしょうか。

最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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